
0625時(JST),慌しく旅行ケースを引きずって家を出る.なんせ,一昨日まで英論文の投稿に追われて旅行の準備は0!.18日まで3泊4日(実質2泊3日)のシンガポール個人旅行に行ってきました.
成田空港までは数時間の距離.東京に住む者にとって成田空港ほどアクセスに不便な空港は無いですね.(羽田をもう一度,国際港にしようよ…)
初めて第2ターミナルに行ったけれど,雰囲気は第1ターミナルとあまり変わらない感じがした.一言で言うなら「狭くて,雑!」.
特に,出国審査の前にある手荷物検査の入り口がひどすぎる.入り口が2ヵ所ぐらいしかなく人の行列ができている.相変わらず成田はクソな空港です.
1830時(以降SST),チャンギ国際空港に到着.天候は晴れ,気温34℃.ターミナル出た途端,ムアと来る暑さ.「ああっやってきたんだな」と実感.某旅行代理店のバスに乗込んでホテルへ.

ホテルはTraders Hotel.Tanglin Rd.の近くでOrchard Rd.まで徒歩10分のところにあるホテルです.
で,さっそく街へとでかけました.

↑Orchad Rd.とScotts Rd.の交差点.Orchad Rdは東京の銀座中央通りに相当する大商業・繁華街.その通りの一番交通量の多い交差点です.目の前の右の建物はMarriott Hotel.

↑City Hall (政府合同庁舎)沿いの道路から見たShenton Wayの高層ビル群.シンガポールのビジネス中心街です.

↑シンガポール議会(国会)議事堂です.
2001年現在,たしか総議席数は84.そのうち与党:人民行動党(PAP)が82議席を占めていて議会制民主主義下での独裁状態がもう40年以上続いています.’65年の独立以降の経済政策の成功が国民に支持されているからでしょう.てゆーか単に野党が貧弱なだけ.(政府与党の巧妙な妨害もあるのも事実)

↑Fullerton Hotelです.昔は中央郵便局だったのですがホテルになってしまいました.大英帝国の植民地時代の名残を感じさせます.
このあと,MRT(都市高速鉄道)にのってRaffles Place駅近くのホーカーズセンタ(大衆食堂)で軽い食事.

↑Lau Pa Sat Festival Market.あんまり日本語ガイドブックを持って歩くのはヤバイかも.日本人であることがバレると客引きがひどくなる….

↑で,食べたのはこのチキンライス.米は無論タイ米です.それほどきつくなかったが.
で,食事が終わったときには23時を過ぎていたのでそそくさとホテルに戻りました.
ところで,観光の足で利用したのは先ほどもチラッと書きましたMRTです.1988年に開業.開業当初から全て自動改札.中心街は地下.郊外は高架で走ります.

↑地下の場合,プラットホーム側にも仕切りがあります.これは冷房で冷やした空気を外に逃がさない事が第1の理由となっています.
ところで,電車内の携帯電話のマナーは日本より悪いです.といよりも電車内で電話するのが普通です.隣に座っていて中国人の携帯から「愛は勝つ」をしかも単音メロディでけたたましく鳴り響き,普通に通話を始めていました.で,最初“Hallo?”で通話が始まるのですが,次の瞬間にはもう中国語に変わっていました.同じ民族だったのでしょう.
この国のだいたい40歳以下の人達は英語と所属する民族の言語の2ヶ国語を話せるとのことです.この言語の切り替えがお国柄を示しているといえます.
また,中高生ぐらいの人達が自分達が持っている「着うた」(この国でも流行っているらしい)をお互いに視聴しあったするなど,車内は結構騒がしいです.騒がしいせいで「次は~駅」という車内放送が聞こえにくく,あやうく乗り過ごすことも何回かありました.
そして,電車内で,そして街で肌で感じた特筆する点はやはり「多民族」であることでしょう.
携帯電話で滅茶苦茶お喋りする中国人もいれば,頭にスカーフをつけている女性マレー人もいる.赤い斑点のような化粧をしているインド人もいる.欧米人もいました.そして,ショルダーバックを肩からかけて,いかにも観光に来ている怪しげな日本人も.(←俺の事だけど…)
Recent Comments
Sherley is Dead 【CODE GEASS Lelouch of the Rebellion R2】
Happy New Year 2008